このページでは私ども(株)いわきりの営業本拠地でもある伊集院の歴史を紹介致します。

−伊集院のおこり−

桓武天皇(795年)の時代、全国の郷に租税の物税を収納管理する倉庫。これらの倉庫を倉院または院と称するようになりました。当時からこの地には”いすの木”が多く、「いす」という地名が付いていました。そのようないすの地に建てられた倉院は「いすいん」と呼ばれ、いつしか「いすいん」が「いじゅういん」となり、やがて伊集院という町名になりました。
伊集院町のシンボル
−妙円寺−

伊集院徳重に所在した寺院。
慶長9年、島津17代義弘公が建立して自らの菩提寺としました。明治2年、廃仏毀釈により廃寺となり、その後に徳重神社が建立されました。現在、旧暦9月15日関ヶ原敗戦の当日に往時の無念を偲んでの妙円寺詣りとなり、鹿児島県の三大行事となっています。
徳重神社
−神乃川−

伊集院町の中央を流れる清らかな湧き水がほとばしる川。
自然の恵みが磨いてくれた宮田石という特産品もあり、また、昔から農業用水・生活用水に利用され、伊集院の文化を育んできた「ふるさとの川」である。

−神殿の里−

伊集院町神乃川支流、野田川の中流域(北部および東北部)に位置する。
鎌倉後期、税所氏の一族、上神殿祐継が伊集院時継との間で領地をめぐって相論し、祐継の領掌が認められたもの。
南北朝時代には、伊集院時継の領有するところとなるが、戦国期には伊集院氏が没落すると、伊集院の他の地とともに島津本家の直轄地となり、現在は大字上神殿(かみこどん)および大字下神殿(しもこどん)として残っている。